解説那須温泉の歴史

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開湯は西暦630年、1380年以上も昔。

 狩人が、近くの村々で悪行を働いた大白鹿を射損じ追い詰めた処、
 その傷を温泉で治していたところから"鹿の湯"と名づけられ、
 那須温泉神社を建立した。

 那須温泉神社は、延喜式神名帳に記載されている下野国11社にも
 名を連ねている。

 この古事は遠くまで伝わり、天平10年(738)には、朝廷の役人が
 那須温泉に湯治に訪れ、正倉院文書に「那須湯」という記述がある。
 


   江戸時代に入ると黒羽藩に属し、湯本奉行をおいて藩が管理した。

 元禄2年(1689)には、松尾芭蕉が「奥の細道」行脚の際に
 この地を訪れ、
 
 " 石の香や 夏草赤く 露あつし "(殺生石を見学の折)
 " 湯をむすぶ 誓いも同じ 石清水 "(那須温泉神社参拝の折)

 の句を残している。


 明治初期には、「那須七湯」(鹿の湯・弁天・北温泉・大丸・高雄・八幡
 ・三斗小屋)が開かれ、鹿の湯は、その中で最初の発見であり、
 全国的にみても歴史のある古い温泉である。



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